パソコンに追い着いた携帯電話

パソコンに追い着いた携帯電話

執筆:准教授 神原利彦

 「アップルシリコン」を御存知だろうか?アップル(Apple)とは林檎を意味する英語だが、その果物の林檎のことではない。米アップルコンピュータという会社のことを指す。故スティーブ・ジョブス氏が創設したベンチャー企業である。この会社から連想するものと言えば、パソコンのMac(Macintosh)シリーズだったり、タブレットPCのiPad、スマートフォンのiPhoneなどであろう。もちろん、本学の学生も多くがiPhoneユーザーだ。「アップルシリコン」というのは、そのアップルという会社が開発し製造販売しているCPU(コンピュータの中心となるICチップ)のことで、2010年にその開発が始まった。当初は自社のiPhoneにだけ搭載されていたCPUだったが、年月とともに進化していき、とうとうMacやiPadにまで搭載されるほど高性能になったのだ。そういうニュースが流れたのが、2020年の10月頃である。図1のような報道画像を見られた方も多いだろう。

図1:アップルシリコンM1の報道画像

 筆者が初めて携帯電話を入手したのは2000年のことである。セルラーのD205Sという機種(SONY製:図2)であった。ディスプレイもモノクロで、解像度が低い上に応答速度も遅く、ボタンを押してもなかなか反応してくれない画面にイライラさせられたものだ。当時の携帯電話といえば、このように「小型、省電力だが低性能」というイメージであった。電波の入りが悪くて、伸縮式のロッドアンテナをいちいち長く伸ばして通話したものである。サブメニューにスケジュール管理帳などいうアプリも搭載していたが、戦力にならないほど非力だった。

図2:携帯電話(セルラーD205S)

 かたや、パソコンといえばノートパソコンの小型化が進んだとはいえ、かさばる大きさで電気も食った。そもそもバッテリーが重くかさばる原因なので、「大型、大電力消費だが高性能」というイメージであった。このように、携帯電話とパソコンには大きな違いが確かに存在した。だが、そんなイメージは「アップルシリコンをパソコンに搭載」の発表で大きく覆された。いわば、(低性能なはずの)携帯電話が(高性能な)パソコンに追い着いたのである。

 スマートフォンのもう一つの陣営:Androidの方はどうだろうか?日本の家電メーカー数社が製造・販売しているが、CPUはQualcom社製のものを採用している機種が多いようだ。こちらは、Qualcom社が性能を進化させて、やがてWindowsパソコンやChromebookなどに搭載される…なんてことは、今のところ起きそうにない。相変わらず、インテルとAMDの影響力が強いからだが。ただ、アップルに出来たことがQualcomに出来ないはずがない…という発想はできる。Qualcomの今後に期待したい。

 かつて、嶋正利さんがZ80CPUを開発しておられた頃は、集積回路といえば、日本人や日本企業の得意分野として広く認められていたのに、今や日本メーカーは外国産技術を受け入れるだけの立場に甘んじているのが残念でならない。確かに、デファクト・スタンダードの壁が大きく立ちはだかっている現状は理解できるのだが。学生実験でいまだに使っているZ80CPU(図3)を見ながら、強くそう思う。技術だけ良くってもダメ。デファクト・スタンダードを打ち破る「アップルシリコン」のような戦略と発想が必要だ。

図3:学生実験で使っているZ80CPUボード一式

 本学に限った話ではないが、大学の設備としてパソコンをずらっと大きな部屋に多数並べる時代ではなくなって来ている。今や、中学・高校の頃から個人用のタブレットPCを持ち歩き、情報教育に使う時代である。大学も変わって行かねばなるまい。本学でも、学生に「ノートパソコン必携を義務付ける」という指示をしているが、本当に必要なのか?スマホのCPU性能が既にパソコンに追い着いているというのに。それでも、スマホとは別にパソコンを用意せねばならないのか?…と感じるのは筆者だけではないだろう。例えば、HDMI接続の大画面ディスプレイとBluetoothキーボードだけを大きな部屋のたくさんの席にそれぞれ用意して、着席した学生がスマホとそれらをつないで、ノートパソコンっぽい使い方ができる時代が既に来ている気がする。

 アップルの真似をしろとは言わないが、これからの日本企業には、「スパコンに追い着いた携帯電話」の開発・製造を期待したい。スパコン「富嶽」の性能が世界一位だと自慢するのもいいが、「富嶽」の性能が掌のスマホに収まっている…となる将来の方がもっと楽しいではないか。