極限は面白い

極限は面白い

執筆:教授 石山俊彦

 「極限」と聞くと、この小論の読者は何を思い浮かべるだろう。多くの学生諸君は、高校時代に学んだ数学の「極限と極値」あたりだろうか。「lim」の記号や極値の計算が苦手だった読者もいるかもしれない。ところが、大学4年生になり、卒業研究のために研究室に配属されると、この「極限」というものに向き合うことになる。

 現代の科学技術は高度に発達しており、世界各国の研究機関や企業がしのぎを削っている。そうして生み出された製品は画期的であるのだが、すぐに競争者に追いつかれ、いつしか「画期的な新製品」は「コモディティ(日用品)」になってしまう。「画期的な新製品」から「コモディティ」に移行する期間は、近年、ますます短くなっている。その結果、多くの技術が、簡単には真似のできないように、極限的なものにアプローチすることから生み出されている。

 科学技術の世界には、様々な極限がある。温度の極限といえば、高温側でプラズマ核融合があげられる。プラズマ核融合では、核融合状態を作り出すために、1億度以上の高温を達成している。同じ高温でも、高温超伝導では、現在、200K(ケルビン)という低い温度が画期的な成果として騒がれている。ヘリウム冷却温度(4K程度)でしか発現しなかった超伝導現象が、窒素冷却温度で実現できるのだから、産業界への波及効果は大きい。

 重さの極限は、素粒子物理学であろう。2013年にノーベル物理学賞に輝いた「ヒッグス粒子」は126GeV、さらに、トップクォークは175GeVと極めて重い粒子として観測された(1eVは1.78×10-36 kgで、陽子の質量は0.938GeV)。その一方で、岐阜県の神岡(カミオカンデ)で精力的に研究されているニュートリノは質量を持つことはわかっているものの、その値は非常に小さく、まだ、正確な値は測定できていない。

 長さ(遠さ)の極限といえば、1970年代にNASAによって打ち上げられた「ボエジャー1号、2号」の2つの探査機は、人類が最も遠くへ飛ばした人工物である。そろそろ太陽系の重力圏を脱出して、広い宇宙の大海原へと航海を続けている。ボエジャーと地球とは、まだ交信が続いている。打ち上げから数十年たった現在、ボエジャー搭載の壊れていない観測機器を用いた観測が続けられており、地球に貴重な観測データが送られている。

 短い方の長さの極限については、「ナノ領域」の研究であろう。物質がナノ領域のサイズ(1×10-9 m程度)になると、日常の世界では見ることのできない現象が観測される。電子が壁を通過してしまうなどの現象(トンネル効果)は、その一例だ。近年のトランジスタ(MOSFET)の開発競争も、この、ナノ領域の極限へと向かっている。最先端のトランジスタでは、線幅で7nmとか10nmといった開発が進められている。10nmは、おおよそ原子90個分くらいの幅で、直径25cmくらいのシリコンウエハの全面を原子90個ずつの線幅で正確に制御することをイメージしてもらうと、その精度のすごさがわかるだろう。

 「ナノ領域」の研究は、これまであげた他の研究と比較して、大学の研究室でも実施可能な研究分野である。多くの大学の研究室で、様々な手法をもとに、極限の世界を目指した研究が進められている。こうした研究に携わる醍醐味として、「世界の誰も観測したことのない現象を、自分が最初に観測する」機会に恵まれることであろう。こうした機会に恵まれると、その時の感激を忘れられず、もう一度という気持ちで研究に熱が入る。

 この小論を読んでくださっている読者についても、核融合でも宇宙工学でも良いので極限の世界を覗いてみてはいかがだろう。現在では、本学を含めて、様々な大学・研究機関で学生を募集している。チャンスは少なくないはずだ。