技術を成熟させるもの

技術を成熟させるもの

執筆:教授 川本清

 久しぶりに組み立て家具を購入した。A4ファイルが立てられる正方形のマス目が2×3で配置されているオープン棚だ。腰高の窓際に置いて書類を収納し,上には何か観葉植物でも置いてみようかと思ったわけだ。購入した棚は,持ち帰って早速組み立てた。設置予定の場所には現在進行形で使用中の机やPCなどが置かれていて(この原稿もそこで執筆していたりして),作業都合を考えると模様替えをするのは早くとも来週末になるのだけれど,梱包したまま置いておくのもかさ張ってよろしくない。

 組み立てつつ,ちょっと驚いた。棚受け用のネジを立てたりロック用のネジを締めたりするのだけれども,どれもこれも簡単にあるべき様に収まっていく。かつての記憶をたどるなら,組み立て家具のネジなんて相応の注意を払わないと簡単に傾いてしまうものだった。タッピングネジなものだから,一度失敗すると容易に修正できず組み上がりにガタつきが残ってしまったものだ。それが今回の家具は適当にねじ込むだけで最後はしっかり直立する。最後にロックねじを締めこむと板同士がスッと密着する感じが心地よい。

写真はイメージです(三鷹の森ジブリ美術館にて)

 現在のものは以前のものより設計がこなれているのだろう。気を付けてみると,技術環境の発展は様々な側面を見せてくれる。例えばエレクトロニクスでは,汎用小信号トランジスタの定番TO-92パッケージの2SC1815は廃番になった。ディスクリート部品のチップ化が進み,ホビーでもチップ部品が活用されるようになっている(私などはメガネを変えても対応するのは大変だ)。プログラミングではPythonという言語の利用が広がってるが,時代に取り残されないため触ってみたところの感触は一周回ってBasicが帰ってきたようで,懐かしくもある。

 技術がこなれていくには気の利いた一人が牽引する部分もあるのだろうが,それが一般化していくのは文化を同じくする集団による知識の集積,集団的学習(collective learning)の成果である。本欄5月に「明けても暮れてもCOVID-19が話題である。」と書いてから半年が過ぎた。いまだ楽観を述べる段階にはないが,薬品開発は思いのほか早く進んでいるようでもある。大人数参画・大規模投資に加えてAI利用などの研究開発環境の発展も大きいだろう。医療体制の逼迫は懸念されるが,経済的にそれを支える余力はまだ十分にありそうだ(現実に支えているかは議論があるだろうが)。個々人に及ぶ影響は計り知れないものがある。しかし,人類の疫病に対する対応としては,今回は過去よりも格段にうまく運んでいるのだろう。

 科学・技術を成熟させるのは分断や対立による先鋭化ではない。