遠隔授業?対面授業?

遠隔授業?対面授業?

 執筆:准教授 佐々木崇徳

 新型コロナウィルス感染症対策として、大学等における遠隔授業の実施が求められ、実際令和2年度前半は多くの大学でリアルタイム配信またはオンデマンド型での講義が実施されました。特に感染者数が多い首都圏においては、多くの大学が完全遠隔授業、キャンパス閉鎖などの措置が長く続けられました。しかしながら、一方で昨年春に入学した新入生からは、一度もキャンパスに行けていない、サークル活動などの大学生らしい生活ができていない、友人ができない、などの声が聞こえ、報道などでも取り上げられました。そうした声を受け、一転して可能な限り対面授業を実施するよう求められる、というように大学を取り巻く環境がめまぐるしく変わっていきました。

 本学では、周辺の感染者数等が都市部と比較して少なかったこともあり、ほとんどの授業を対面形式で実施できています。ただし、講義室における密の回避のため、座席間隔を広く取ったり、飛沫防止用のシートを設置したり、換気・消毒を行ったりなどの対策を実施するなど、感染症対策には大いに注意を払っています。また、一部の講義の遠隔授業化(ライブ配信※1、オンデマンド講義※2)や、教室を分散し、教室間のリアルタイム配信などを試行しました。

 こうした中、アフターコロナを見据えた今後の教育の形を考える上で、教育効果の高い授業形態について語られることが多くなりました。ともすれば遠隔授業と対面授業のどちらがいいかという二源論に陥りやすいのですが、そうではなく講義内容によってどちらが適しているか、というところに目を向けるべきではないでしょうか。

 例えば実験を遠隔授業で実施するにはどうすればいいでしょうか。あらかじめ教員が実験を実施した動画を準備して、それを見ながらレポートの作成を行う、という形式も考えられます。あるいは遠隔で学生が指示を出し、TA※3や教員がそれを実施する、というのも考えられますが、おそらく通常の実験と比べて多くの時間がかかってしまい、講義時間内に終了することができないでしょう。実験などでは実際に手を動かし五感を活用しながら行うので、本来テキストに示されていること以外にも様々な気づきが得られます。また、実験の失敗によるやり直しなどは、本来の実験よりも多くのことを学べる機会にもなり得ます。ところが遠隔で実際に物を触るのではない場合、そうした機会は損なわれてしまします。こうしたタイプの授業は当然ながら対面の方が適しています。

 一方で、演習などの講義で、反転授業(学生が内容について解説し、教員がそれをアシストする)などを実施している場合はどうでしょう。説明者のカメラ、マイクをONにして配信、ディスカッションを行うことで、ライブ配信※1であれば十分に実施可能です。ただし、この形式はリアルタイムな質疑やディスカッションを含むので、オンデマンド講義※2は難しいでしょう。また、これには会議システム等を十分に活用できるという前提が必要です。

 通常の講義形式の内容についてはどうでしょうか。通常の講義は基本的に教員が話して板書(あるいはプレゼンテーションソフトなどでのスライド表示)しながら進めていきます。場合によっては課題を提示して学生を指名して答えてもらうという形式もあります。あるいはリアルタイムで質問を受けて講義内容に盛り込む、といったやり方もあるでしょう。こうした場合も、上記の演習と同様、リアルタイム配信ですとこれらのことは一通り実現可能です。ただし、リアルタイム性が若干損なわれますが、オンデマンド形式で実施することも可能で、メール等で質問を受け付け、次の回の動画中でそれに触れる、などというやりかたも考えられます。私が担当している講義の受講生は、メールでの質問を結構送信してくれています。教員の居室を訪ねるよりは、心理的なハードルが低いためではないかとも思われます。

 また学生によっては、講義内容で聞き漏らしたところや、わからなかったところを繰り返し視聴できるので、対面よりも効果があったという意見も出ています。

 ちなみに、大学教員が授業をする場合、学生の反応を見たり板書をしたりなど、情報を提示するためにある程度時間がかかる方法をとっています。そのため、同様の内容をオンデマンド講義の形式であらかじめ収録してみると、実際の講義時間の半分前後になることも多くあります。これは、受講生の理解がある程度進んでから次に移るために、ある程度の猶予時間を設けているため、ともいえます。一方で、オンデマンド講義だと、そうした時間を明示的には取りませんが、学生の方は自身の理解に合わせて講義動画を反復するなど、理解度によるコントロールを学生自身で行うことができます。

 オンデマンド講義の受講生側のメリットは繰り返し視聴だけではなく、例えば体調を崩した場合、従来であれば欠席としてその回の講義を受けられなかったのですが、オンデマンドであれば、体調が回復次第受講できます。そのため対面授業よりも学習機会は確保できます。また、語学の講義での発音練習などは、自宅からの方が周囲の目を気にせずにできたという意見もありました。

 遠隔授業は教員が手を抜いているのでは?などと言われることもありますが、実際はそうでもないと思います。というのも、遠隔講義の準備や様々な質問への回答、オンラインに合わせた形での課題の作成、採点など、従来の講義に比べて意外とやることが増えています。オンデマンドで毎年同じ動画だから、一切更新しなくてもいいということもなく、大学では常に最新の情報を取り入れて授業を構成するケースが多いので、結局更新は必要になるでしょう。また、授業の理解度を測るために適宜レポート課題などを課しますが、その採点はオンデマンドになっても減ることはありません。学生のリテラシーや良心の問題でもあるのでしょうが、他機関においては学生が会議システムを悪用して授業を妨害するという事例に悩まされているという話も聞きます(幸い本学においてはそういった事例は起こりませんでしたが)。通常の授業と違って、そうしたところにも気を遣うとなると、通常の対面授業の方がやりやすい、ということにもなりそうです。私も実際にいくつかの講義で遠隔授業を実施してみて、正直なところ対面授業の方が楽であると感じました。

 普遍的な内容をオンデマンドで講義するというのは、ある意味合理的ではないでしょうか。多くの大学教員は、教員であると同時に研究者です。講義や大学運営、外部委員などの時間以外は空き時間というわけではありません。研究室には卒業研究を実施する学生や、大学院生もおり、日々の研究を通じた教育はほぼ毎日のように行われます。また、自身の研究を進めて論文を書くことも求められます。オンデマンド講義を取り入れることには、こうした時間を少しでも多く確保できるというメリットもあり、結果講義以外の部分における教育の質を高めることにもつながります。

遠隔授業の実施等において、意外と多かったのは受講端末あるいは通信環境の問題が挙げられます。最近では多くの学生がスマートフォンを持っていますが、画面が小さいために講義中に提示する資料等が小さすぎて視認できないなどの問題があります。PCなどの画面や大型のタブレット端末があれば問題はないのですが、最近の学生はスマートフォン以外を持っていない場合も多いようですので、教員側で資料を小画面向けに作り直すなどの工夫が必要です。

 また、大学構内など、Wifi環境が整備されている場所でかつ、十分な帯域が確保されている環境であればさほど問題はないのですが、一定量までの定額制を採用しているセルラー回線では、講義動画の視聴ですぐに上限に達してしまい、それ以降は受講が難しくなるなどの課題も出ています。そのため、結局キャンパスに出向いて受講するという状況が生じています。また、視聴場所によって回線の安定性が悪く、視聴中に動画が途切れてしまうなどの問題も発生しています。リアルタイム配信動画などではこうした事情により授業の一部を聞き取れなかったりなどの問題が発生するので、必ず録画して、後でも視聴できるようにするなどの配慮が必要になります。

 大学の講義は元来、大学設置基準という文部科学省の省令において面接授業(対面授業)を基本としてはいるのですが、学位取得までに必要な単位数(最低124単位)のうち、60単位までは対面以外(ICTを用いた遠隔授業)の講義で取得しても良いと言うことになっています。また今年度と来年度については、対面授業と同等の教育効果があるならば遠隔授業化した分を60単位の上限に含めなくても良いという特例措置が講じられています。

 今後はむしろ、こうした点をより積極的に活用して、可能な分は遠隔授業形式を取り入れることで、授業をする教員のみならず、学生の方も柔軟にスケジュールを組めるようにすることで、幅広い学びの機会を確保できる方向に進んでも良いのではないかと思います。


 冒頭で述べた新入生の問題は、実はこうした講義形式の問題とは本来別の問題です。こうした問題は新入生に多く見られる傾向で、原因としては新しい環境に変わったにもかかわらず、そこで本来構築を始めるべき人間関係を築けない、といったところにありそうです。ですので、これからは講義の形態のみならず、学生間の交流について、何らかの手だてを打つ必要があるでしょう。

 いずれにせよ、感染症などを気にせずに人が集まることのできる世の中に早く戻ってほしいものです。


※1 ライブ配信 オンライン配信の中で、リアルタイムに動画を配信することで、配信者と視聴者がリアルタイムでやりとりすることができる
※2 オンデマンド講義 あらかじめ動画などを収録しておき、学生が都合のつく時間・場所で視聴して受講する形式
※3 TA Teaching Assistantの略。大学院生などが教育の補助を行うこと。