構造・不安定性・ゆらぎ

構造・不安定性・ゆらぎ

執筆:教授 川本清

 2021年のノーベル物理学賞は「複雑系の科学」に関連した3名が受賞した[1]。地球気象のモデル化と温暖化予測に関連した受賞者2名のうち、日本では真鍋叔郎先生が話題となった。地球気候は複雑なものの一つといっていいだろう。最近の気象予報は数値計算アルゴリズムの進化もあり、降水の有無の的中率は向上し、最高気温予測の誤差は小さくなっているらしい[2]。天気予報といえば外れるものの代名詞のように扱われていた時代もあるが、日々の雨や雪、最低気温の予報など、今では一定の信頼をもって日々過ごしているように思う。複雑なものをモデル化してその性質を解き明かし、信頼性の高い予測を可能にして発展したものは電気電子分野にもある。半導体は考えた通りに作った構造が考えた通りの機能を果たす。まさにバンドエンジニアリングの面目躍如であるが、近似的な取り扱いが可能な高純度・高規則度な基板を実現した結晶成長技術の賜物でもある。
 しかし、また違った面では物質は複雑である。物質を構成する原子・電子はどれも同じで単純に思えるかもしれないが、それは膨大な数の原子で構成されており、その配列は完璧に規則的であるなどということはない。数の多さそのものが複雑さに結びついている。今年のノーベル物理学賞のもう1名の業績は、そのような多数のものが集まったときにあらわれる無秩序とゆらぎの関係に関する理論である[3]。詳細の解説は紙幅に限りがあってできないということにしておくが、物質中の原子スケールから宇宙空間の天体スケールまでにも成り立つ普遍性を明らかにしたという。その理論は多数の鳥や魚の群れが作り出すパターンや、デジタルデータを原子分子になぞらえて扱うことで情報科学にも適用できるという。抽象化されたモデルから眺めると、スケールの異なる現象に共通する事象が見出されるというのだから、まさに普遍的だ。
 モデル化というのは複雑な対象の中から本質とそうでないものを見極め、理解可能な形に表現しなおす作業といえるだろう。現実の世界を離れ、現象を抽象化しているともいえる。具体的には数式で表され計算機上にプログラミングされていったりするわけだ。数式といった段階で“複雑”になる向きも多いが、それは人が作った表現形式で書き表されている。まったく言語化されていない見たままの複雑な事象より数式化されたモデルは単純化が進んでいる。
自然現象に限ることなく、身近にあるたくさんの不思議を説明する仮説を考えて数理モデルをつくってみよう。いずれ複雑な世間の深淵を覗けるかもしれない。

[1] https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2021/summary/
[2] 日経クロステック「なぜ精度が上がったのか、天気予報の最新アルゴリズム」,2019-01-11,https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00321/121000007/
[3] 日本物理学会2021年ノーベル賞解説,https://www.jps.or.jp/public/2021nobel1.php

群泳するイワシ(仙台うみの杜水族館)