なにをみて,どう調べる?

なにをみて,どう調べる?

執筆:教授 川本清

 2019年(平成31年)4月10日,M87銀河の中心にあるブラックホールの視覚的証拠が公開された。これは,世界6ヶ国の電波望遠鏡を組み合わせ,仮想的に地球の直径と同程度の大きさの望遠鏡を構築することでなされた成果である。この観測に関わる膨大なデータの解析には岩手県奥州市にある国立天文台水沢VLBI観測所にあるアテルイと名付けられたスーパーコンピュータも用いられた。ノーベル賞級ともいわれる成果が,東北を代表する科学者である田中館愛橘,木村榮らに連なる1899年(明治33年)設立の施設も加わってなされたことに,東北地域の科学の系譜へ思いを馳せるのも楽しい。

 現在なら,東北地方の国際的な科学研究施設といえば,六ケ所核融合研究所や,北上山地への誘致が期待されている国際リニアコライダー(ILC)を挙げることができるだろう。これらは核物理や素粒子物理学の研究施設で,上の天文研究とくらべると研究対象の大きさが両極端にあるともいえる。

 これらの間の領域を対象にした大型研究施設の計画も,具体的に動き出している。仙台市に建設される放射光施設,SLiT-J(Synchrotron Light in Tohoku, Japan)がそれだ。軟X線領域に輝度のピークを持ち,物性や材料の研究の他,化成品,薬品など,人の生活に関連するモノを研究するのに適した施設で,学術研究のみならず産業技術開発の面からも期待が大きい。2023年(令和5年)ファーストビームを目指し,隣接するサイエンスパークには大学等研究機関のみならず産業界から多くの研究室を誘致,放射光ユーザーを軸としたリサーチコンプレックスを構築する計画となっている。この施設に関わるのは放射線や物性の研究者にとどまらない。設計性能では放射光のワンショットで1 TBのデータが取得できるというが,この膨大な情報から,例えば固体内の原子の配列構造を3D表示するまで,今はまだ数ヵ月程度かかるという。

 データを適切に取り扱う技術は,ブラックホールの解析にも,日常生活を潤す研究にも,それこそ生活そのものにもつながっている。

図1 - First Image of a Black Hole (ESO:https://www.eso.org/public/images/eso1907a/ ) – イベントホライズンテレスコープ(EHT) 国際協力による電波望遠鏡プロジェクトにより撮影されたM87中心の巨大ブラックホールの画像
図2 水沢VLBI観測所のVERA20m電波望遠鏡(中央)。この望遠鏡の運用で蓄積したノウハウがブラックホール観測にも活かされた。手前の小屋は,木村榮が地球の極運動に関するZ項を見いだすに至った観測をおこなった眼視天頂儀室。